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仙台地方裁判所 昭和61年(行ウ)9号 判決 1987年11月24日

原告

遠藤一郎

原告

高橋喜一

被告

石井亨

右訴訟代理人弁護士

橋本勇

石津廣司

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は仙台市に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和六一年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告らはいずれも仙台市の住民であり、被告は仙台市長の地位にあるものである。

2  本件支出命令

(一) 仙台市人事委員会(以下「市人事委員会」という。)は、昭和六一年四月一六日及び二二日、旧日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)職員のみを対象として仙台市職員採用のための選考(以下「本件選考」という。)を実施した。

(二) 市人事委員会事務局事務課長は、仙台市の「市長の権限に属する事務の補助執行に関する規程」(昭和五九年三月二八日仙台市訓令第四号)三条二号、「事務決裁規程(昭和五二年一〇月一八日、仙台市訓令第九号)二一条に基づき、専決(特定の事案の処理に関し市長に代わって常時決裁すること)として、右選考がなされたころ、仙台市長である被告に代わって、同市収入役に対し、同選考に伴う経費の支出を命じた(以下「本件支出命令」という。)。

3  本件支出命令の違法性

本件選考は、後記4記載のとおり違憲、違法であるから、それに伴う経費の支出を命じた本件支出命令も違法である。

4  本件選考の違法、違憲性

本件選考は、以下に述べるとおり違憲、違法である。

(一) 本件選考に至る経緯

(1) 国鉄の「分割・民営化」を目指した諸施策が政府によって強引に進められようとしていたことについて国民各層から批判がなされていた中で、自治省は、地方公共団体に国鉄余剰人員の受入れを強制的に割り当てるため、昭和六〇年七月二六日の日本国有鉄道再建監理委員会の最終意見書(答申)の提出から僅か四か月後の昭和六〇年一二月二三日、自治事務次官名の「地方公共団体における国鉄等職員の受入れについて」と題する通知(同日付け自治公一第四九号以下「自治省第四九号通知」という。)を以て、各都道府県知事及び各指定都市市長に対し、国鉄職員の受入れの要請をし、次いで、翌二四日、自治省行政局公務員部長名の同じ表題の通知(同日付け自治公一第五〇号、以下「自治省第五〇号通知」という。)を以て、右各知事及び市長に対し、国鉄職員の受入手続きの指示をした。

(2) 被告を含む各地方公共団体の長は、右各通知は法的には何らの強制力がないにもかかわらず、憲法九二条に規定された地方公共団体の自主性をかなぐり捨てて、あたかも既定事実のごとく自治省の右要請を受け入れ、国鉄余剰人員の受入れを決定した。

(3) 市人事委員会は、昭和六一年二月二四日、仙台市人事委員会規則第一号を以て、同市の「職員の任用に関する規則」(昭和二八年六月一三日仙台市人事委員会規則第一号、以下「任用規則」という。)六条二号の規定を次のとおり改正した。

改正前の規定

「人事委員会を置く他の地方公共団体、国に現に正式に任用されている者又はかつて正式に任用されていた者をもって補充しようとする職で、その者が現に任用されている職又はかつて任用されていた職と同等以下と人事委員会が認めるもの」

改正後の規定

「人事委員会を置く他の地方公共団体、国又は公共企業体に現に正式に任用されている者又はかつて正式に任用されていた者をもって補充しようとする職で、その者が現に任用されている職又はかつて任用されていた職と同等以下と人事委員会が認めるもの」

(4) その後、被告は、昭和六一年に一八名の国鉄余剰人員を仙台市に受け入れることを明らかにし、国鉄仙台鉄道管理局に対し、採用予定人員の概ね五倍の国鉄職員を推薦するよう依頼し、その推薦を受けると、市人事委員会に対し、任用規則二六条に基づく選考を請求をした。

(5) 右選考の請求に基づいて、市人事委員会は、本件選考を実施した。

(二) 本件選考の違憲性、違法性

(1) 本件選考は、その根拠法規とされた改正後の任用規則六条二号の規定(以下「任用規則の改正規定」という。)が以下のとおり違法・無効であるから、違法である。

ア 任用規則の改正規定は、以下に述べるとおり、地方公務員法(以下「地公法」という。)一七条三項但書の委任の範囲を逸脱し、違法である。

① 法の下の平等を定めた憲法一四条の規定を受けて、地公法一三条は、地方公共団体の行政執行の公平性・中立性・民主性を担保するため、近代的公務員制度の原則である公務員の公開公募の原則を確認した。

この原則を守るため、同法一七条三項は、人事委員会を置く地方公共団体においては、職員の採用は、競争試験によるものとし、例外的に人事委員会の承認があった場合には、選考によることができるとした。

自治省行政局公務員部内地方公務員法研究会編の地方公務員法逐条解説には、同項但書により選考採用できる職は、一般的には、高度の技術性あるいは高度の知識を要するような職又はごく簡単な職である旨説明されている。

② 任用規則の改正規定は、地公法の原則である公務員の公開公募の原則に反するものであり、同法一七条三項但書の委任の範囲を逸脱し、違法である。

従前、市と国及び他の地方公共団体との人事交流が例外的に存在したが、それは一時的なもので、元の職に復帰することが一般的であり、交流のある職も概ね特定され、同等な能力の実証がされていることなどから、例外の例外として認められていたものである。

しかし、市と国鉄との人事交流は過去に例がなく、市と国鉄の職員の能力実証方法も全く異なっており、一旦市の職員となれば国鉄の職員に復帰することは全くあり得ず、採用される者が従事する職は従来公開公募の競争試験によって任用されてきた職なのであり、その能力の実証は、国鉄職員としての能力の実証に過ぎず、公平・中立性が要求される公務員としての能力の実証とは異なるものである。したがって、市と国鉄との人事交流は従前の人事交流とは異質のものである。

イ 任用規則の改正規定は、国鉄のいわゆる分割民営化法案が国会を通過していない中で、市人事委員会が、政府の方針を無批判に受け入れた被告の意向に追随し、地公法で期待される人事委員会の職責を放棄して、自治省の前記各通知に従って創設されたもので、こうした改正手続きは地公法上許されないものであるから、右改正規定は無効である。

(2) また、本件選考は、国鉄の分割民営化のためのいわゆる国鉄関連法案が未成立の状況下で、政府の方針に追随した自治省の前記各通知を根拠とし、公開公募の原則を無視し、仙台鉄道管理局が推薦した者のみを受験させた政治的採用試験であって、地方公共団体の自主性を著しく損なうものであったから、憲法一四条及び九二条に違反するものである。

5  仙台市の損害

仙台市は、本件支出命令の結果、金一〇万円を超える支出をして、この支出額相当の損害を被った。国鉄の余剰人員を受け入れるために、本来必要のない違法な選考を行い、それに係る経費を支出したからである。仮に選考によつて欠員を補充しなければならない緊急性があったとしても、通常の選考によらず、余剰人員を採用するため、採用人員の五倍の者を受験させて通常の選考よりも多額の経費を支出したのであるから、仙台市に損害を与えたものである。

6  被告の責任

被告は、自治省の前記各通知の内容が違法であることを知りながら、前記4(一)のとおり、国鉄余剰人員の受入れを決定し、市人事委員会の独立性を侵して任用規則を変更させ、本件選考を行わせたものであるから、被告には、本件支出命令がなされた当時、本件選考の違法性について故意があったというべきであり、仮に自らはその違法性を認識していなかったとしても、右各通知の違法性について吟味しないまま、漫然と本件選考を行わせた被告には、右当時、本件支出命令の違法性を認識しなかったことについて重大な過失があったというべきである。

したがって、被告は、故意又は重大な過失によって前記のとおり違法な支出を命じ、仙台市に当該支出額相当の損害を与えたものであるから、地方自治法二四三条の二第一項後段の規定に基づき仙台市に対し右損害の賠償をすべき責任がある。

予算の執行が市人事委員会の補助職員に内部的に委任されているとはいえ、予算の配当は市長に留保され、予算執行は、市長の収入役に対する支出命令によって行われることは論をまたず、本件支出命令に被告は関与しているものである。

本件選考は、前記4(一)のとおりの経緯で、被告の選考の請求に基づいてなされたものであつて、市人事委員会は単に選考事務を実施したに過ぎないのであるから、被告に本件選考の適法性の審査権限がある。

7  監査請求及び監査結果の通知

原告らは、昭和六一年五月二七日、仙台市監査委員に対し、「昭和六一年四月一六日及び四月二二日に国鉄職員のみを対象として行った採用試験並びに同年五月一五日付けで行った職員への任用に伴う経費の支出は、違憲、違法であるから、市長に対し、地方自治法第二四二条に基づいて、その経費の支出の返還を求める」旨の監査請求をし、これに対し、仙台市監査委員は、同年七月二六日、原告らに対し、右監査請求は理由がない旨の通知を発し、同通知は、同日、原告らに到達した。

よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項に基づき、仙台市に代位して、被告に対し、前記損害賠償金の内金一〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和六一年九月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を仙台市に対して支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否、反論

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の主張は争う。

3  同4について

(一) 冒頭の主張は争う。

(二) (一)について

(1) (1)のうち、原告ら主張の各時期に日本国有鉄道再建監理委員会の答申及び原告ら主張の趣旨の自治省の各通知がなされたこと(但し、自治省第五〇号通知は国鉄職員受入手続きの指導をしたものである。)は認めるが、その余は争う。

(2) (2)のうち、自治省の各通知には法的強制力がないこと及び被告を含む各地方公共団体の長が自治省の要請を受け入れて、国鉄職員受入れの決定をしたことは認めるが、その余は争う。

(3) (3)の事実は認める。

(4) (4)、(5)のうち選考の請求の点を除くその余の事実は認める。

(三) (二)の主張はいずれも争う。

(1) 本件選考は、以下に述べるとおり、適法である。

ア 任用規則の改正規定が地公法一七条三項に違反しないことについて

① 地公法一七条三項の規定は、人事委員会を置く地方公共団体はその規模が大きく、したがって、そのような地方公共団体は採用及び昇任すべき職員数が多いのが通常であり、また、人事委員会は試験実施の機能も高いと認められることから、競争試験を原則としたものに過ぎず、競争試験による必要がないと人事委員会が判断したときは、より簡易な方法である選考によることを認めているものである。

即ち、競争試験は、職務遂行の能力を有するかどうかを「正確」に判定することを目的とし、そのための方法まで特定されている(同法二〇条)のに対し、選考は、特定の者について職務遂行能力の有無を判定するものであり、その方法は任意とされているものの、いずれも能力の実証をするためのものであることに変わりがない(同法一五条、任用規則二四条)のである。

したがって、選考によって十分適格者を得ることができる場合や、必要な職員数が少数な場合には、選考による方が効率的であり、更に、選考による方が適格者を得易いときがあることから、そのような場合には、人事委員会を置く地方公共団体においても、同委員会の定めるところにより選考による採用及び昇任が可能とされているのである。競争試験が採用及び昇任の方法として絶対的なものでないことは、人事委員会を置かない地方公共団体にあっては競争試験によるか選考によるかは任命権者の裁量とされていることに加え、人事委員会を置いている地方公共団体にあっても昇任についての競争試験を全く行っていないものがほとんどであるという事実からも明らかである。

ちなみに、昭和二七年一二月四日自丙行発第五二号によって示された「職員の選考に関する規則」(準則)においても、選考による職として、「人事委員会を置く他の地方公共団体又は国の競争試験又は選考に合格した者をもって補充しようとする職で、当該競争試験又は選考に係る職と同等以下と人事委員会が認める者」(二条二号)、「かつて職員であった者をもって補充しようとする職で、その者がかつて任用されていた職と同等以下と人事委員会が認めるもの」(二条三号)と規定されている。これは、これらの任用対象者が国等の公的機関による競争試験又は選考に合格し、既に能力の実証を経ており、独自の競争試験によるまでもなく、より簡易な方法である選考によって十分職務遂行能力の判定という目的を達成することができ、かつ、それが行政の効率化の面からも好ましいとして、準則という形で例示されたに過ぎず、具体的にどのような職を選考によることにするかは各地方公共団体の裁量に委ねられているものである。

人事交流の有無は、その時々の人事政策によって左右されるものであり、過去に人事交流の対象となった例がない職だからといって、選考の対象とならないということはできず、現実にも、高度の技術性あるいは高度の知識を要するような職又はごく簡単な職を除いては、過去から人事交流がなされていてしかも一定期間経過後に原職復帰するような職の場合以外について選考による採用が行われている。また、選考による職員採用においても、地公法は、あくまでも、期限のない任用として位置づけているのであり、過去において一定期間経過後に原職復帰した者が多かったとしても、それは結果的にそうなったということであり、当初からそれを予定したものではない。このように、過去の人事交流の有無、原職復帰の予定の有無は、選考による職員採用の可否とは何ら関係のないことである。

② 任用規則の改正規定において「国又は公共企業体」の職員等についても選考によることができるものとしたのは、国や公共企業体においては、地方公共団体と同様、職員の任用を「その者の受験成績、勤務成績又はその他の能力の実証に基づいて行う」ことが法律上義務付けられており(国家公務員法三三条、旧日本国有鉄道法二七条、旧日本電信電話公社法二九条等)、その採用にあたっては地方公共団体の競争試験・選考と同様の採用試験がなされ、昇任にあたっても能力の実証を経ていることによるのである。

したがって、これら国や公共企業体の職員を任用対象とする場合には、既に公的機関による能力の実証を経ており、選考によって十分適格者を得ることができるのであるから、かかる場合に選考によることができるものとする任用規則の右規定は、地公法一七条三項に適合するものであり、何らの違法も存しない。

ちなみに、国家公務員についても、職員の採用は、競争試験を原則としつつ、人事院規則の定める官職について、人事院の承認があった場合は選考によることができることとされており(国家公務員法三六条一項)、これを受けて人事院規則八―一二第九条四号には、公共企業体職員を職員として採用する場合には選考によることができる旨規定されている。国家公務員については選考が許され、地方公務員についてはそれが許されないとする理由はない。

イ 本件選考が憲法九二条に違反しないことについて

自治省第四九号通知は、地方公共団体に対して国鉄職員の受入れを要請したものに過ぎず、何ら法的に地方公共団体を拘束するものではなく、また、同第五〇号通知も、自治省が地公法等の主管官庁として地方公共団体が国鉄職員を受け入れることとした場合の手続きを指導したものに過ぎない。

仙台市としても、自主的な判断に基づき、国鉄職員を要員計画の範囲内で受け入れることとした上、右第五〇号通知を以て指導された手続きに則って本件選考を実施したものであり、何ら自主性が損なわれた事実もなく、同選考を憲法九二条違反と評価する余地はない。

(2) 市人事委員会は、市長とともに市における行政権限を分掌する独立の執行機関であり(地方自治法一三八条の二、同条の四第一項、一八〇条の五第一項三号)、市長は、右独立機関たる人事委員会に対しては組織及び運営の合理化と各執行機関相互間の権衡を保持するために、その組織並びに職員の定数及び身分取扱いについて必要な措置を講ずべきことの一般的勧告権を有するに過ぎず(地方自治法一八〇条の四第一、二項、同法施行令一三三条の二)、予算の執行権は市長に留保されているものの(地方自治法一八〇条の六第一号)、それ以外の具体的な職務遂行については、指揮、監督は勿論のこと、勧告の権限も有しないのである。地公法八条一項五号、一八条一項によれば、職員の選考及びこれに関する事務は、人事委員会の独立した職務権限に属するものであって、市長としては、人事委員会のする選考に関する事務については、これに伴う経費等の支払いにつきその予算の裏付けがある以上、これを無視することはできないものである。したがって、本件において、たとえ被告が選考の経費に関する支出命令に関与し得たとしても、被告は、右事務については、それに重大かつ明白な違法がない限り、これを前提として支出命令をしなければならないものであって、右程度に達しない市人事委員会の右選考に関する単なる違法は被告の支出命令の違法事由たり得ないものである。そして、前述のとおり、本件選考に違法はなく、少なくとも、違法であることが一義的に明白であるとはいえないものであるから、本件支出命令は違法とはいえないものである。

4  同5の主張は争う。

本件選考は、仙台市における職員の欠員(本件選考に基づいて職員が採用された昭和六一年五月一五日当時、条例定数四六九六名(但し市長部局に限る。)に対して、実数は四六一七名であって、七九名が欠員となっていた。)を補充するために行ったものであり、これによって不必要な職員を敢えて採用したものではなく、本件選考時には具体的な職員採用の必要性があったのである。仮に、当該職員の採用を競争試験の方法で行ったとすれば、筆記試験の告知方法についても、市公報、新聞、ラジオ、ニュースカー等適切な報道手段によって行う(任用規則一九条)ことが必要であり、少なくとも本件選考の方法による場合と同額以上の経費を要することは明らかである。したがって、仮に本件選考が違法であったとしても、仙台市には何らの損害も生じていない。

5  同6の主張は争う。

以下に述べる理由によっても、本件選考の違法を理由として、被告が損害賠償責任負担すべきいわれはない。

(一) 地方自治法二四二条の二第一項四号の代位による損害賠償請求訴訟は、当該地方公共団体が当該職員に対して実体法上の損害賠償請求権を有することが前提となるものであるから、意思決定が専決で行われた場合は、地方公共団体内部における関係では、専決規定の存するにもかかわらずなお市長が当該権限の行使に何らか関与したか、あるいは受任専決者に対する指揮、監督に故意過失があるなど特段の事情がない限り、委任の理論を類推して、当該処理事項については、実質的に権限を行使した受任専決者が責に任ずべきであり、市長は直接の責任を負わないものと解するのが相当であるところ、本件支出命令は、市人事委員会事務局事務課長が専決によって、即ち事務決裁規程によって委ねられた自己の権限に基づく独自の判断によって発せられたものであり、被告は、この支出命令権限の行使について何らの関与もしていなかったのであるから、本件において被告が損害賠償責任を負担すべき理由はない。

(二) 被告には故意も過失もないことについて

仮に本件経費の支出に関して被告に何らかの責任があるとしても、被告が右支出について損害賠償義務を負うためには、被告に故意又は過失が存しなければならないところ、人事委員会は独立の規則制定権を有する、地方公共団体の他の行政機関からは独立した機関であり(地方自治法一三八条の二、同条の四第一、二項、一八〇条の五第一項三号、地方公務員法八条、九条)、長を含めた他の機関が同委員会規則に拘束されることは当然である。その上、本件選考の根拠となった任用規則の改正規定については、その改正前から人事院規則八―一二に同趣旨の規定が置かれ、地方公共団体としても岡山県、福井県、三重県等の人事委員会規則にも同趣旨の規定が置かれていたものである。しかも、地方公務員法の主管官庁である自治省は、前記自治省第五〇号通知によって国鉄職員を地方公共団体が受け入れるにあたっては同趣旨の人事委員会規則を置いて選考によるべきことを指導していたのである。

したがって、その合法性についての審査権を有しない被告が任用規則の改正規定が適法であり、これを根拠とする本件選考も適法であると信じたのは、右のごとき状況下においては、当然のことであり、仮に右規定が違法であったとしても、被告には故意はもとより何らの過失もない。

(三) 本件国鉄職員の採用に関する被告の判断は正当であることについて

国鉄は、かねてから多額の累積債務を抱え、かつ、経常的な経営についてもいわゆる赤字経営を続けており、その補填のための経費は米作に係る財政支出等とともに国家財政を大きく圧迫し、その経営の建直しは、国鉄のためにも、また、国民全体のためにも緊急の課題となっていた。

政府は、国鉄改革を推進するため、日本国有鉄道再建監理委員会にその具体策を諮問し、その「国鉄改革に関する意見」(昭和六〇年七月二六日提出)によって「国鉄改革のための基本方針について」(同年一〇月一一日閣議決定)を決定し、それに基づいて、昭和六二年四月一日から国鉄の旅客鉄道部門を全国六つの旅客鉄道会社に分割するなど、国鉄事業の再生を目指した抜本的改革を行おうとした。

そして、この国鉄改革においては、新経営形態移行に伴う要員の合理化によって生じる多数の余剰人員問題の解決が最重要問題の一つとされ、新旅客鉄道会社等に引き継がれない者の雇用の確保が最も重要な課題となっていた。このことは、被告が市長を務める仙台市においても全く同様であり、国鉄職員として東北地方に勤務する者の雇用安定が、同地方の最大の都市である仙台市にとって最大の社会的、政治的課題の一つとなっていた。また、国鉄改革の成否は、その基幹的交通手段を国鉄に依存している東北地方の中核都市たる仙台市にとっても極めて重要な意味を持つものであった。

このような事情の下に、国においては、「国鉄余剰人員雇用対策の基本方針について」を閣議決定し(昭和六〇年一二月一三日)、公的部門等の各分野における余剰人員の雇用の場の確保を始め、新経営形態移行前後を通じての雇用対策の大枠を定め、国の各省庁等において昭和六一年度から国鉄の職員を採用するために具体的な取組みをするとともに、地方公共団体に対しても積極的に国鉄職員の採用を進めるよう要請するに至った。

ここにおいて、被告は、仙台市長として、国鉄改革の成功を図り、地域の雇用問題を円滑に解決すべく、担当部局に検討を命じ、関係機関とも十分協議を重ねた結果、市職員の欠員補充にあたっては、法律的、行政的に可能な範囲で国鉄職員を採用することが必要であるとの結論に達した。

そして、仙台市は、自治省の国鉄職員採用手続きに関する指導に則り、同市に対応する国鉄側窓口である仙台鉄道管理局から合計九九名の国鉄職員の推薦を受け、これを対象として市人事委員会が本件採用試験を実施し、その合格者一八名を仙台市長たる被告が昭和六一年五月一五日付けで市長部局職員に任命したものである。

被告は、選考による右国鉄職員の採用について、法律上も、行政上も問題がないと判断していたもので、この判断は正当である。

6  同7の事実は認める。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1、2の事実、4(一)(1)のうちいずれも原告ら主張の時期に日本国有鉄道再建監理委員会の答申及び原告ら主張の趣旨の各通知がなされたこと、同(2)のうち自治省の各通知には法的拘束力がないこと及び被告を含む各地方公共団体の長が自治省の要請を受け入れて、国鉄職員受入れの決定をしたこと、同(3)の事実、同(4)、(5)のうち選考の請求の点を除くその余の事実並びに7の事実についてはいずれも当事者間に争いがなく、請求原因4(一)(4)、(5)のうち選考の請求の点については、被告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす(原本の存在、成立ともに争いのない乙第三号証によれば任用規則の二六条には「選考は、任命権者の請求に基き、採用又は昇任させようとする者についてその都度行うものとする」と規定されていることが認められる。)。

二原告らは、被告の仙台市に対する損害賠償責任の根拠を地方自治法二四三条の二第一項後段と主張しているが、同項所定の職員には当該地方公共団体の長は含まれず、普通地方公共団体の長の当該地方公共団体に対する損害賠償責任については、同法二四三条の二の適用はなく、民法の規定が適用されると解するのが相当である(最高裁判所昭和六一年二月二七日第一小法廷判決、民集四〇巻一号八八頁)。

三そこで、以下本件支出命令との関係で、被告に仙台市に対する民法七〇九条に基づく損害賠償責任があると認められるか否かを検討する。

1 市人事委員会がした任用規則六条二号の本件改正自体は、選考により行うことができる場合について、従前、「人事委員会を置く他の地方公共団体又は国に現に正式に採用されている者又はかつて正式に任用されていた者をもって補充しようとする職で、その者が現に任用されている職又はかつて任用されていた職と同等以下と人事委員会が認めるもの」の職への採用をその一の場合と定めていたのを、その範囲を拡大して、「公共企業体に現に正式に採用されている者又はかつて正式に任用されていた者をもって補充する職で、その者が現に任用されている職又はかつて任用されていた職と同等以下と人事委員会が認めるもの」を加えるものであるが、公共企業体は国家の経済と国民の福祉の増進、擁護を目的として存置されているのであり、その職員は法令により公務に従事する者とみなされるのであって(旧日本国有鉄道法三四条)、その職は地方公共団体及び国に正式に任用されている者の職と比較してみても同様であり、その資格、能力は公共企業体においては、職員の任免の基準を「その者の受験成績、勤務成績又はその他の能力の実証に基づいて行う」ことと法律に定められているのであって(旧日本国有鉄道法二七条)、地方公共団体及び国に正式に任用されている者と同様であるということができるのであり、右改正自体は、合理性を欠くものとはいえず、したがって、地公法一七条三項但書に違反する違法で無効なものと解することはできない。

また、右改正手続については、前記自治省第四九号通知、同第五〇号通知等は存在するとしても、右通知は、命令の性質を有せず、事実の告知に止まるものであることはその形式自体により明らかであるというべきところ、市人事委員会があえてその職責を放棄して、これに拘束されてしたものと認める根拠はなく、したがつて、右改正手続が地公法に違反するものということはできない。

次に、原告らは、本件選考は地方自治体の自主性を著しく損なうもので、憲法一四条及び九二条に違反する旨主張するところであるが、既に見たように自治省第四九号通知及び同第五〇号通知等は命令の性質を有せず、事実の告知に止まるものであるから、市人事委員会を拘束するものではないというべく、また、本件選考が国鉄職員に現に正式に任用されている者を対象としてしたとしても、それが公共企業体職員であることは明らかであるから、本件改正された任用規則による制限に違反するものでなく、また、選考の対象を他の地方公共団体、国又は公共企業体のうち国鉄職員とするか否かについては、その裁量の範囲内にあるものといわざるを得ない。そうであるから、本件選考は、地方自治体の自主性を著しく損なうもので憲法一四条及び九二条に違反するものということはできないのである。

したがって、本件改正規則が無効ということはできず、それに基づいてなされた本件選考が憲法一四条、九二条に違反するものということはできない以上、本件選考のための支出命令を違法ということはできない。

2  また、被告の右損害賠償責任が認められるためには、本件支出命令当時、被告が国鉄職員を選考で採用することは地公法一七条三項に違反するとの認識を有していたか、又はそうした認識を持たなかつたことについて過失があつたと認められる必要があるところ、前者についてはその事実を認めるに足りる証拠がなく、後者については右規定の文言からは、直ちにこの規定を国鉄職員の選考による採用を許さない趣旨とまで解釈することは困難と解される上、原本の存在、成立ともに争いのない乙第五、第六号証によれば、当時、自治省からも同省通知第五〇号によつて国鉄職員を選考で採用できる旨の見解が示されていたのであるから、被告が違法との認識を持たなかったのはむしろ当然と考えられ、この点について被告に過失があったとは認め難いものである。

3  したがって、本件支出命令が違法であるということはできず、また、故意・過失の点も認められない以上、その余の点について判断するまでもなく、被告の損害賠償責任を認めることはできない。

四以上の次第で、原告らの本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官磯部喬 裁判官遠藤きみ 裁判官岩井隆義)

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